ホーム 感動ラボ 感動ラボ 感動のチカラ "拡張現実の時代"と"リアル・コミュニケーション"①

人びとの心性は、"拡張現実の時代"に傾くという。これからのリアル・コミュニケーションにおける"感動"と"共感"はどうあるか?

「経験経済」という概念があります。いろいろな捉え方がありますが、ここでは"人の心を動かす経験には経済価値がある"としておきます。

「経験経済」について、主にマーケティングや宣伝広告の分野ではかなり前から関心を寄せており、とくに今日の非実体的な情報メディアに傾きがちなネット社会の中での、イベントや店舗など実体験ある商用コミュニケーション機能の見直し、ポテンシャルや新しい可能性の掘り起しなどが論議されています。

一方、経験経済にかかわる心性のマクロな背景としては、社会学者の見田宗介が、戦後日本の人びとが希望を描いてきたメンタリティの遷移を、理想の時代(1945-60)、夢の時代(1961-75)、虚構の時代(1976-90)とした時代区分に対して、それを承けた"ゼロ年世代"論客の宇野常寛が、今は「拡張現実の時代(95-現在)」であるとする提案が気になります。

宇野によれば、今日では夢想から仮想現実へ傾斜した心性が、ふたたび実体的現実の世界へ漏れ出すことで、人の知覚認識がパワーアシストされた新しいリアル観が生まれ、これまでにない社会意識が育まれつつある、というのです。

たしかに、今日の人びとのリアル(実体的領域)と仮想(情報的領域)のメディアとのかかわりかたは、両者が重なり合った連続性のもとで新しい行動様式を生み出しているようにも思えます。

仮想から実体世界を侵蝕する「初音ミク」。アニメの題材となった現実の土地を観光する「聖地巡礼」とその発展形のARゲーム。ネットの呼び掛けから偶発するハプニング「フラッシュ・モブ」、はては「ジャスミン革命」にいたるまで...。こうした、仮想と実体の位相の中間の"踊り場領域"で発生するさまざまな社会現象が顕著です。しかもそれら行動の多くが主義・信条によらない、ゲーム感覚のノリから生じます。そのためこれらを「ゲーミフィケーション」という観点で捉え、事業開発から社会改革までの推進力とする見方も出てきました。

また、ブログやSNSだけでなく、LINE等無料通信アプリの登場により、仮想と実体の中間に位置する「踊り場領域」メディアは加速的な広がりを見せ、これからの人びとが希望に向けて欲望する方向感は、非日常な仮想に依拠する受動的なリアル観よりも、日常実体験が仮想に強化されたリアル観のもとでより能動的になり、新しい社会行動や文化形態を生み出すことが予感されます。

いきなり、話の枠を拡げすぎたかも知れませんが、イベント、コンベンション、PR施設、店舗など、一般生活者と企業等事業者との"リアルな接触空間"で実体験と情報メディアとの融着点に生ずる、新しい経験経済的価値の可能性について今一度、考えるのもよいでしょう。

Web2.0時代以降、生活者は多様な情報ネットを通じて、リアル経験(体験)から心を動かされた発言や感想を自由に発信し、他人との共感を積極的に求めるようになりました。トフラーのいう"プロシューマ"をベースとする社会となったわけです。とりあえず、小欄ではこれをポジティブに、感動と共感による「共感動力の時代」と捉えてみたいと思います。

イベントやPR施設など、リアル・コミュニケーション領域には、空間、映像、音楽、事物や人的な接触といった五感を刺激するあらゆる要素が含まれ、それらを総合的な実体験として来場者にインパクトを与えます。それが感動的なものなら、強く記憶に刻むとともに、得た満足や驚き、喜びなどを他人と共感したい欲求を抱くようになります。

その共感欲求はネット上で知人や友人などへ二次発信されます。一次発信者の感動やインパクトが強ければ強いほど、二次情報接触者たちは疑似体験的な影響を受け、さらに情報拡散するようになります。ある広告会社の調査では、一次発信者に対し、二次情報接触者の数は平均六倍になる、といいます。

マーケティング戦略としても、ある程度まで広報投下して、能動的なプロシューマたちに実感ある満足のままネット上にうまく誘導し、囲い込めれば二次、三次...、の倍々ゲームで波及効果が期待できるかに思えます。

しかし、不特定多数がプレイヤであるネット世界の偶有性から、一部の意見をきっかけに、賞賛"祭り"が批判"炎上"へ瞬時に反転する可能性は常にあり、ましてや、予想外の不手際や不祥事が発生した場合には、堅固なブランドも一瞬に崩壊して、事業者を命取りに追いやるリスクさえはらんでいます。

だから、リアルな感動からネットへの共感につなぐプロセス施策とマネージメントは、文字通り、要(かなめ)となります。

こうした、今日のメディア環境に即したリアル・コミュニケーションを考えるポイントとして、次の二つが、まず考えられます。

ひとつめは、「その時空間でしか体験できない、オンリー・ワンな実体験を、どうデザインするか」です。ふたつめとしては、「それを良好に拡散するための統合的なコミュニケ―ション戦略と方法論をどうするか」があげられます。

実体と仮想の混成が生み出す新たなリアル・コミュニケーション時代での経験価値がいかなるもので、今後どのように生活者を魅了する展開をして、新たな生活社会像を描いていくのか。そのあたりを少し考えてみたいと思います。