感動の源泉 special(2)

 感動のポジション

 

これまでの産業価値観はもっぱら性能、信頼性、価格にもとづく、どちらかといえばハードウェアが先行しがちなモノづくりだったが、グローバル化や成熟社会化などの構造変化の中で、引き続き活力ある発展をしていくためには、それだけではない新しい着眼からの価値創造が求められている。マーケットにおける「経験経済」もそのひとつだろうが、21世紀のプロダクツにおける重要なキーワードのひとつとして「感性」が脚光を浴びている。この新しい価値創造へ向けて 感性工学をはじめ、文理融合の超域体制で「感性」を資源化するための研究開発が活発で、経済産業省がその振興策として「感性価値創造イニシアチブ」を打ち出し旗振りするなど、今のところビジネストレンドは感性価値の時代のうねりの真っただ中にある。

 

感動価値創造や感動市場といった「感動ビジネス」に対する関心も、こうした時代トレンドに棹さしたものであるのはもちろん言うまでもない。

 

というわけで、今回は感動をはじめ、感覚、感情・情動、気分などといった感性領域を構成する用語(概念)類をいったん整理し、その上で「感動」という感性が感性領域の概念空間でどのようなポジションにあるかを改めてみておくことにする。

 

「感性工学への招待」(森北出版刊)の中で、信州大学の坂本弘教授(感性工学)は"感性の哲学"の項目を受け持ち、感性領域を構成する基本的な諸概念を次の方法で整理している。

    1. 感性領域の言葉は多義的に解釈されやすいものが多いので、感性=感受性と仮定する。
    2. 外界刺激など最初の入力に始まり、感覚から知性にいたる感受情報の流れの道筋を想定し、それを進めていく。
    3. .この道筋の中で感受性が、どこでどのような意味をもつかを記していく。

まずはこの方法にしたがって作られた感性領域のマッピングフロー図を以下に示してから、それぞれの感性(=感受性)についてみていくことにする。

 

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 【感性領域のマッピングフロー(坂本弘教授の作成図を一部改変)

一見して分かるように、外界からの感性情報入力に対する反応・表現という出力の質的高まり(深まり)の度合いを序列においた概念群の整理の仕方である。つまり単純な感性から複雑な感性への遷移をみる、感性をハマチからブリ(最終は"トドの詰まり"の"トド")にいたる出世魚の成長見取り図のようにとらえていくやり方である。

 

ただし上図について、元図で「感性」の言葉をおいている場所に「感動」を位置づける改変をした。感性工学の立場では「感性」をsensitivity(感受性)ではなく、Kanseiとそのまま表記することで新たに定義を付与すべき特別な感受性の概念としているが、「感動」もそうしたコアをなす感受性の一つの様相であると判断し、感性領域の概念空間上では同じようなポジションにあるものとした。

 

このマッピングフローにしたがって、各個についてふれていく。

 

【「感覚」の感受性】

「感覚」は、外界からの刺激を視・聴・嗅・味・触の五感覚で受容した際の、浅い印象である。ともなう判断基準としては、暑い・寒い、硬い・柔らかい、明るい・暗い、といった外界刺激の生理基準による生体反応と、2カッコいい・カッコ悪いといった、社会生活価値判断にもとづく生活基準による「第一印象(Fast impression)」のような印象反応、の2つからなる。

 

【「感情」の感受性】

「感情」は、一般に喜怒哀楽とされるが、心理学では、喜び、驚き、恐れ、悲しみ、怒り、嫌悪、を基本6感情とし、多くの場合、これらが混合感情となって表出されるものとする。

 

また、冬の風景に寒々しさだけでなく物悲しさを感じたり、その曇天に一筋の光があらわれた瞬間に喜びを感じたり、といったように、感覚は感情により輻輳して色づけされた印象を備える。つまり、感情は五感で得た感覚情報を統合するだけでなく、観念的、文化的価値基準や個性の価値基準が加わることで、主体―客体間を認識して複雑な情報や、それを原理とした行動などを出力する。

 

【「気分」の感受性】

「気分」は、価値基準である「観念」とともに、感覚情報を統合し色分けする「感情」に微弱で持続的に振幅変調をもたらすものである。感情を自覚する方向性を示すと同時に、感情の興奮度合いも示す。

 

【「感動」の感受性】

「感動」は、語義では"深く物に感じて心を動かすこと"だがその衝撃強度から、感性としては"メタな感情の感受性"とみる。いいかえれば、ある感情を意識(自覚)し内省へ向ける感受性である。 一見、同義反復のようだが、体験した感動事象でわき起こった感情に複合する観念を介することをきっかけに自問や自省が深まる。その深度の度合いで主体にとってよい感動となる。感動は想像、知性の高次化を方向づけ、よってときには発見や発明、創造をもたらす。

前回に「感動」という言葉を"人間の感性の内、世界と自己に覚醒と活性をもたらすもの"などと妙に構えた言い方でとらえたが、こうしてみるとあまり過言でもなさそうである。

 

また、演劇俳優からビジネスの世界へ転向し感動プロデューサを名乗る平野秀典氏は、演劇の「感動」創造をビジネスに活かした「ドラマティックマーケティング」の実践を通して、これまでの顧客満足ではなく、顧客に感動を提供するビジネスにパラダイム変換することが収益力を著しくアップさせると主張し「感動力」が必要だと説く。その上で 著書感動力(ゴマブックス)において、感情の段階を経験則的に、

怒り<不満<満足<感動<感激<感謝

の6段階であるとしている。

 

確かに"顧客満足(Customer Satisfaction)から顧客感動(Customer Delight)へ"をスローガンとする企業やビジネス本の多くは、これに類した価値基準にもとづいているようだ。感動を自己啓発や人材教育、営業戦略への実践応用に考えていく際には、こうした尺度は参考になるのかも知れない。

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次回は話を戻して、具体的な事物と感動をめぐる話題に移ることとにする。

(・・・・to be continued